ナレッジ
2024.7.5
企業には、従業員が安全に働ける環境をつくる義務があります。そのためには事前に危険箇所を見つけて、事故を防ぐ対策の実施が大切です。
しかし、2023年の休業4日以上の死傷者数は13万人を超え、どの企業でも十分な対策が取れているとは言い難い状況です。
そこで注目されているのが、「KYT」という訓練です。この記事では、KYTについて、その目的や取り組み方法、具体的なトレーニング事例を記載しました。本記事を参考に職場の危険を減らすよう、協力して事故防止に取り組みましょう。
KYTとは、「Kiken(危険)」「Yochi(予知)」「Training(訓練)」の頭文字を取った言葉です。
KYTでは作業風景の写真やイラストを使い、その作業がどんな危険につながるかを想像して、危険箇所を事前に洗い出します。職場小集団などで取り組み、参加者一人ひとりの危険感知能力の向上が目的です。
KYTは、危険箇所を指摘し合い事故を未然に防ぐための手法であり、もともとは大手鉄鋼メーカーで開発されました。事故が起きてからその原因を取り除くような事後活動ではなく、事故が起きる前に危険箇所を皆で認識する活動として効果が認められています。
現在では、厚生労働省や特別民間法人中央労働災害防止協会でもKYTを紹介するページが設けられています。
重量物や死亡事故につながるような危険な設備を多く取り扱う製造業や建設業、運送業はもちろん、最近では人の命を預かる医療現場などのさまざまな場所でKYTが行われています。
2023年の労働災害による死亡者数は774人で過去最少ですが、休業4日以上の死傷者数は132,355人と過去20年で最多でした。
高齢者の増加から「転倒」や「腰痛」などが増えるとともに、熱中症の死傷者数も大幅に増加しています。[1] このようなことからも、危険を事前に予知し対策を立てるKYTの重要性が高まっています。
KYTの目的は、労働災害の未然防止です。そもそも、なぜ労働災害は起こるのでしょうか? ここではその原因を見ていきましょう。
労働災害の発生原因は、従業員自身の不安全行動によるものと、機械や物の不安全状態によるものの2つに大別されます。
製造業などの現場の多くでは、すでに保護具の着用や安全柵などの対策は実施されているでしょう。しかし、従業員自身の安全意識が低ければ、事故は防げません。
とくに、従業員自身による不安全な行動には、「ヒューマンエラー」と「リスクテイキング」の2つがあることを知っておきましょう。
ヒューマンエラーとは、うっかりミスや聞き間違い、勘違いなど人間ならではの「過失」を指します。
一方、リスクテイキングとは、仕事の慣れや油断から来る「危険行為」を指します。たとえば、「ちょっと危ないけど機械を止めるのは面倒だし、これくらい大丈夫だろう」と油断して、機械の危険箇所に手を入れてしまう行為などが挙げられます。
どちらもどんなに優秀な人でも起こしうる行動です。KYTではこのようなヒューマンエラーとリスクテイキングを防ぐために「危険に気づく力」を養います。
関連記事:【3つの分類で解説】労働安全衛生法で定められている資格・教育
KYT活動は、「危険に気づく力」を養うために有効です。
まず、KYTでは作業風景の写真やイラストを使い、危険箇所を参加者全員で洗い出します。想像力を膨らませ、小さな危険の可能性も探し出しますので、危険に対する感度が高くなるでしょう。
さらに、KYTでは、出てきた意見のなかから危険要因を絞り込んで対策を考えます。参加者全員で意見を出し合うことで、自分1人では考えもしなかった対策案が聞ける機会が生まれます。
対策が決まったら、危険箇所と行動目標(どのように対策して作業するか)を全員で宣言します。自分たちで決めた目標を口に出して宣言するため、継続的に危険を意識できるようになり、「危険に気づく力」を養えます。
このように、KYTでは、その作業がどんな危険につながるかを想像して、危ないところを事前に洗い出します。ただし、KYTの効果は長く続くわけではないので、定期的な実施が重要となります。
関連記事:【まとめ一覧】労働安全衛生法で必要な免許・技能講習・特別教育
先述したようにKYTでは、従業員自身の危険に気づく力を養うため、労働災害の未然防止に効果があります。
事故が起きてしまってから同じような事故が再発しないよう安全対策を実施することも重要なことですが、KYTでは事故が起きる前に活動ができるメリットがあります。
また、KYTのなかで出された危険箇所に対して、設備的な対策が取れないかも合わせて考えてみるのも効果的です。
KYTを行うのは実際に作業をする従業員です。実際に作業をする目線で考えてみると、安全柵が足りない箇所や、設備の仕様を変更したほうがよい箇所なども見つかるかもしれません。
KYTは、生産性の向上にもつながります。
まず、チームワークが向上します。暗い話題になりがちな安全対策に積極的に取り組めるよう、参加者全員の意見を肯定的に受け止めましょう。参加者全員がKYTを前向きな活動ととらえられるようになれば、発言が活発になり、チームワークは確実に向上します。
また、KYT活動を定期的に実施している職場において従業員は、「会社は従業員の安全を重視している」と感じるようになります。その結果、従業員のモチベーションアップにもつながります。
もちろん事故が起きれば生産は停止するので、KYTによって事故が少なくなるという意味でも生産性は確実に向上します。
中央労働災害防止協会では、「KYT4ラウンド法」をKYTの標準的な活動方法として紹介しています。KYT4ラウンド法とは、旧国鉄が実践していた安全確認手法「指差し呼称」と、危険予知活動を組み合わせた方法です。
まずは、3~5人程度の職場小集団で集まりましょう。所要時間は1つのテーマに対し10~30分程度です。始める前に司会進行役と書記を1人ずつ決めておきましょう。
KYT4ラウンド法は、以下の4つのステップで進めていきます。
第1ラウンド:現状把握
第2ラウンド:本質追求
第3ラウンド:対策樹立
第4ラウンド:目標設定
ここでは、下記のプレス機作業のイラストを用いて、この4ステップの詳細を解説します。
なお、KYT活動は「正解」を探す活動ではありません。参加者全員で「危険箇所がどこにあるのか」であったり「危険をどうしたら防げるのか」であったり考え、意見を出し合い、声に出して、危険への意識を高めることこそが目的なのです。
同じような作業に対するKYTでも、機械の種類や従業員の状況など状況によっては違う行動目標が設定される場合もあるでしょう。本記事の記載内容は、あくまで一例ととらえてください。
第1ラウンドは現状把握です。
上記のような作業風景などが書かれたイラストシート写真を使います。その作業にどのような危険が潜んでいるか参加者全員が考えます。
司会進行役が参加者に意見を求め、書記役のメンバーが記録していきます。今回の鋼板のプレス作業のイラストの例では、下記のような意見が出たと仮定しましょう。
・鋼板が顔に当たって怪我をするかもしれない
・スタートボタンを押したのがもう1人の作業者に伝わらずプレス機に手を挟むかもしれない
・操作を間違えて怪我をするかもしれない
このステップでは、参加者がその作業を行っている場面を想像しながら、たくさん意見を出すことが重要です。どんなに小さな危険でもよいのでどんどん意見を出しましょう。どのような危険につながるのか想像力を高めることで、実際の作業でも危険を予知する能力が高まります。
第1ラウンドでは、皆が萎縮せずにどんどん意見を出せるような雰囲気づくりを心がけましょう。
第2ラウンドでは第1ラウンドで意見を出し合った危険源のなかで、どの項目がとくに重要な危険なのかを参加者で話し合います。
今回の例では、参加した従業員が一番起こりそうだと感じた「スタートボタンを押したことがもう1人の作業者に伝わらず、プレス機に手を挟むかもしれない」という例を最重要項目としました。書記はこの最重要項目に〇印をします。
このとき、最重要項目を司会者が独断で決めたり、多数決で決めたりしないようにしましょう。参加者全員で納得して決められるようコミュニケーションを取っていきます。
第3ラウンドでは、第2ラウンドで決めた危険源にどのような対策をすれば危険を防げるか検討していきます。参加者全員でどんどんアイデアを出していきましょう。
プレス機作業の例では
・プレス機に挟まれないよう鋼板を持つ位置に気をつける
・機械操作時に声を掛け合う
・安全柵をつける
・2人同時にボタンを押さないと動かないようにする
といった意見が出たとしましょう。
安全柵やボタン動作の機械改造などは、作業者自身の行動目標にはならないので、別途設備部門に依頼をするのが適当でしょう。KYT活動の目的は、作業者が危険行為を行わないよううながすものなので、作業者が行える内容にします。
また、第3ラウンドの目的は、挙げられたアイデアから1番良いアイデアを選ぶことではありません。他の参加者が出した対策について、「この部分を追加したらどうか?」などと活発に意見を出し合い、参加者全員で納得できる対策を皆で決めていくようにしましょう。
第4ラウンドでは、ここまでで特定した危険源に対し、今後はどのように行動するかを決めます。決めた目標を参加者全員で指差し呼称して終了します。
プレス機作業の例では、「機械稼働時は声をかけあう!ヨシ!」と参加者全員で指差し呼称をして終了します。
仕事内容や職場の状況によっては、どのような意見を出し合ってKYT活動を行っていくのがよいのか具体例が浮かばないかもしれません。
そこで、ここではいくつかの例題をとおして、どのようなKYT活動を行っていけばよいのかを解説します。
上記の電動シャッターの修理では、どのようなKYT活動になるでしょうか? 下記に活動の一例を示します。
第1ラウンド:現状把握
まずは、参加者全員でこの作業でどのような危険が発生する可能性があるか考えてみましょう。
・工具を落として下で作業している人に当たるかもしれない
・脚立から落下するかもしれない
・電動シャッターの電源が入ったままで、急に動き出して挟まれるかもしれない
第2ラウンド:本質追求
出てきた意見のなかから、最重要項目を決定しましょう。
・電動シャッターの電源が入ったままで、急に動き出して挟まれるかもしれない
第3ラウンド:対策樹立
最重要項目の危険箇所に対し、どのような作業を行えば事故が防げるか対策を出し合います。
・声を掛け合いながら作業をする
・作業前に電源を切ったのを確認する
第4ラウンド:目標設定
出された対策からのなかから行動目標を決めて、全員で指差し呼称を行います。
「作業前に電源OFFを確認!ヨシ!」
上記のカゴ台車を使用した荷卸作業のイラストでのKYT活動ではどうでしょうか。
第1ラウンド:現状把握
まずは、参加者全員でこの作業でどのような危険が発生する可能性があるか考えてみましょう。
・カゴ台車から荷物が落下するかもしれない
・荷卸している人がカゴ台車の重みに耐えきれない
・トラックの荷台に残っている方のカゴ台車が動いてしまい衝突する
第2ラウンド:本質追求
出てきた意見のなかから、最重要項目を決定しましょう。
・トラックの荷台に残っている方のカゴ台車が動いてしまい衝突する
第3ラウンド:対策樹立
最重要項目の危険箇所に対して、どのような作業を行えば事故が防げるか対策を出し合います。
・ストッパーがかかっているか確認する
・カゴ台車は荷台の奥に入れておく
・カゴ台車を降ろす際は2人作業で行う
第4ラウンド:目標設定
出された対策からのなかから行動目標を決めて、全員で指差し呼称を行います。
「作業前にストッパーを確認!ヨシ!」
上記のカッター作業のイラストでのKYT活動ではどうでしょうか。
第1ラウンド:現状把握
まずは、参加者全員でこの作業でどのような危険が発生する可能性があるか考えてみましょう。
・カッターの刃が折れるかもしれない
・段ボール箱を押さえている左手を切ってしまうかもしれない
第2ラウンド:本質追求
出てきた意見のなかから、最重要項目を決定しましょう。
・段ボール箱を押さえている左手を切ってしまうかもしれない
第3ラウンド:対策樹立
最重要項目の危険箇所に対して、どのような作業を行えば事故が防げるか対策を出し合います。
・カッター使用時は防刃手袋を着用する
・カッターの刃先に手を添えない
・段ボール開封用カッターを使用する
第4ラウンド:目標設定
出された対策からのなかから行動目標を決めて、全員で指差し呼称を行います。
※防刃手袋を従業員に配布されている職場の場合
「カッター使用時は防刃手袋を着用!ヨシ!」
なお、安全衛生マネジメント協会ではKYTの無料イラストシート集を公開していますのでぜひ参考にしてみてください。
危険予知訓練(KYT)無料イラストシート集|(一社) 安全衛生マネジメント協会 (aemk.or.jp)
「技術伝承」をシステム化するなら「Skillnote」!
●スキルデータの活用で「技術伝承」の解決策がわかる
●自社に最適化したスキルマップがかんたんに作れる
●「品質向上」に成功した事例を大公開