【イベントレポート】「ものづくり白書2026」から読み解く、製造業がいま向き合うべき変化とは ― フィジカルAI・データ利活用・人手不足・技能継承、現場のリアルをプロが語る 

毎年、経済産業省が公表する「ものづくり白書」。製造業の現在地と国の政策の方向性を映す、業界の”健康診断書”のような存在です。
2026年版が示すのは、投資を拡大せよ、AIで変革せよ、経済安全保障は経営主導で実装せよ——いずれも大きな方向です。ところが、現場の最前線に立つ3名の議論が最後に行き着いたのは、「データの定義」と「人のスキルの棚卸し」という、きわめて足元の話でした。

本記事は、2026年6月24日に開催されたセミナー「『ものづくり白書2026』速報解説!」の内容をまとめたものです。アビームコンサルティング・阿部氏による白書解説と、Airion・河村氏、Skillnote・山川氏を交えたパネルディスカッションから、議論の要点を整理します。

登壇者

  • 阿部氏|アビームコンサルティング株式会社 Sustainable SCM Strategy Unit Senior Expert。製造領域のデジタル化の構想・導入を数多く手がける
  • 河村氏|Airion株式会社 共同創業者兼CEO。東京大学でAI・データ解析を研究し起業。FA領域のAI開発を手がける
  • 山川氏|株式会社Skillnote 代表取締役。信越化学工業で電子材料の技術営業を10年経験後に株式会社Skillnoteを起業
目次

ものづくり白書とは──読み方の3つのコツ

ものづくり白書は、経済産業省・厚生労働省・文部科学省が共同で毎年国会に提出する報告書です。正式名称は「2026年版ものづくり白書(ものづくり基盤技術振興基本法第8条に基づく年次報告)」で、2026年5月に公表されました。阿部氏が挙げた読み方のコツは3つです。

①概要版の後半2〜3枚から読む
白書は「概要版」「目次」「全体版(本文)」に分かれて公開されています。概要版は本編を30〜40ページにまとめたスライドで、その後半2〜3枚に、その年に国が最も伝えたいメッセージが凝縮されています。

ものづくり白書の読み方 各章の位置づけとポイント

②統計は「前年との差分」で見る
本文第1章「業況」は毎年ほぼ同じ設計です。単年で眺めるより、昨年と比べてどこが動いたかを追うほうが得るものがあります。

③よく出る言葉から傾向を見る
阿部氏は注目テーマに関わる言葉の出現頻度の推移を見ているといいます。「経済安全保障」は過去と比べ約3倍に増えていました。メッセージの強弱は、文章より言葉の頻度に表れます。
※第2部には施策・補助金が施策単位でまとまっており、予算を取りに行く立場には見どころです。

2026年版が示す4つの柱

阿部氏が補助線として挙げたのが2024年版のものづくり白書です。製造業の利益水準に課題を指摘し、デジタル基盤の構築が経営基盤にもなると打ち出した年で、マニュファクチャリングチェーンなど複数のチェーンをつなぐデータ連携の図は2026年版にも引き継がれています。2025年版では経済安全保障が加わりました。基盤がなければ経済安全保障にも手が打てない——調達先を多角化しようにも、PLMやMESで生産地の情報がなければ切り替えを迅速に判断できません。この2年を「基盤づくり」と捉えると、4つの柱の位置づけが見えてきます。

①投資拡大と労働生産性の向上
中長期の成長投資、とくにソフトウェアなど無形資産への投資拡大が強調されました。労働生産性の高い企業ほど賃上げも実現できている、という文脈です。

②AI活用と経営課題への接続
DXに続く「AX(AIトランスフォーメーション)」が登場し、具体策として 「製造AX拠点」 の創設検討が新規トピックに。製造現場のデータを収集・統合し大規模な製造データベースを構築する構想で、2026年7月に産業技術総合研究所が構築・運営を担うと発表しました。
2024・2025年版が「各チェーンをつなぐ」ことを説いたのに対し、2026年版はAIがどう経営課題につながるか、その実行で何が課題になるか(人材とノウハウ)まで踏み込んでいます。

③経済安全保障
「これまでの取り組みでは不十分」という強いメッセージに変わり、経営主導での実装フェーズへの移行が求められています。

④サプライチェーンの強靭化
強靭化が「企業の生存性を守ること」と位置づけられ、ホルムズ海峡の情勢など実際に起きたリスクを挙げつつ、特定国に依存しない調達先の多角化が説かれました。

パネルディスカッション

ものづくり白書が示す方向性に現場は実際どう向き合っているのでしょうか。
ここからは、AI開発の最前線、人材と技能の現場、導入コンサルティング——立ち位置の異なる3名によるパネルディスカッションです。議論はフィジカルAIという最も未来側のトピックから始まり、現場データ、人材不足、技能継承へと、次第に足元へ降りていきます。

テーマ① 日本に勝ち筋はあるのか フィジカルAIやロボティクスの現在地

AIロボティクス戦略の概要①

論点は、この分野で日本に勝ち筋があるのか。結論は「ある。ただし『データがあるから勝てる』という前提は捨てる必要がある」でした。

フィジカルAIとは、VLA(Vision-Language-Action)のような汎用の基盤モデル。河村氏がまず挙げたのは必要なデータの定義でした。言語での指示、ロボットが見ている画像、それに対する挙動、タスクの成否—— 例えばこうしたデータは自社に蓄積していくことで将来のフィジカルAI学習に役立つ可能性が高いです。

河村氏は先々月、中国を視察してきた経験から次のように述べています。

河村氏「現地の方に聞いたところによると、政府出資のデータセンターが全部で数十施設ほどあるらしくどこでもテレオペレーション、つまりロボットを遠隔操作してAIに学習させるデータを作っていく。一施設あたりロボットが200台ぐらいあって、人がずらっと並んでやっていました。」

国家規模の物量を見てきた当人が、続けて口にしたのは熱狂への警戒でした。

河村氏「SNSの動画だとすごくいいところが切り取られているので、汎用的なタスクができますよという印象を受けますが、現時点では研究レベルでの課題が結構多いです。現場側では定型タスクはかなり自動化済みなので、AIに期待されるのはもうちょっと難しい部分が多い。」

簡単な作業はすでに自動化を終えている。期待されているのは、その先に残った最も難しい部分です。

日本の強みは、データの量ではなく回し方。業種が多様なぶん現場データを集めやすく、改善ループを細かく回せる点だといいます。「製造AX拠点」構想の要点は競争領域と協調領域の切り分け。阿部氏も方向性に同意しつつ「横串でやっていく取り組みが、なかなかビジネスになっていないのが現状」と補足しました。

印象的だったのは、「日本にはデータがあるから勝てる」という前提に対して、AI開発の最前線に立つ河村氏と、導入現場を数多く見てきた阿部氏の双方から、同じ方向の疑問が出たことでした。

河村氏「日本の勝ち筋は十分にあると思いますが、『データがあるから勝てる』という前提は現実を見ないといけません。本当に学習に足るデータなのか。」
阿部氏「日本にはデータがあるよね、と言っても、それが本当にそうなのか。バケツの中に放り込むような形のものは、たくさんバラバラあると思いますが、これをどう定義し、正規化していくかがポイントになっていくと思います。」

技術サイドと導入サイド。2人が揃って指摘したのは、データの「量」ではなく「定義」でした。

テーマ② 製造現場のデータは「取得できている」のに、なぜ活かせないのか

マニュファクチャリングチェーンにおけるデータの取得・活用・効果の有無

続いて、データ利活用における本質的な課題について議論されました。出発点は2024年版から引き継がれた「マニュファクチャリングチェーン」の概念。

マニュファクチャリングチェーンの概要

個別最適にデータを取ることは日本の得意分野ですが、つながりがあるほどAI時代の価値は出るため「データの整流化」も意識すべきだと阿部氏は言います。

阿部氏「取得は、どこの企業もある程度やれている、6割となっているのですが、この統計自体が大手企業から中小企業までいろいろ混ざっているので、パッとどう捉えるかが難しいところなんです。個人的な感覚だと、大手だとほとんどの企業が取得を行っていると思っています。」

大手企業の論点は取得の可否ではなく、その先にある。白書の「6割」は、大手企業の現在地ではありません。

阿部氏「10年前ぐらいのIoTの時も、やっぱりどう活用するか、効果が出るかという観点よりも、データを取ることにフォーカスが行きがちでした。AIについても、まずAIを使ってみるというところを進めてしまいがちになってしまう。データを取るという10年前に流行った内容に対して、活用効果をどこまで見て進めるのがいいのか、考えていく必要があります。

連携を阻む懸念として挙がったのが、セキュリティと秘匿性です。ここで河村氏は、前提そのものを疑う問題提起をします。

河村氏「データの秘匿性がすごく重視されていて、それは大事なことなんですが、本当にそのデータに秘匿性がどこまであるのかは、しっかり検討する必要があります。なんでもかんでも囲い込んでいると、データが競争力の源泉となる時代においては、むしろ不利になっていく可能性があります。」

守ることがリスクになりうる、という反転です。開示/非開示領域の切分け、加工による秘匿化後の開示、連合学習といった具体策も挙げられました。「出せない」という判断は、本当に検証されたものなのか。データ連携を阻む要因はもう一つ、「人材」であり、ここからはテーマは「人」に移ります。

テーマ③ 人手不足の本丸は、教える人と時間がないこと

製造業の就業者数は、この20年で約158万人減少し、全産業に占める割合も19%から15.6%に減少しました。また、経済産業省が2026年3月に公表した「2040年の就業構造推計(改訂版)」では、AI・ロボットを活用する人材が約340万人、生産工程従事者を含む現場人材が約260万人不足する見通しが示されています。
(出典:厚生労働省「2023年版ものづくり白書」、経済産業省「2040年の就業構造推計(改訂版)」2026年3月)

フィジカルAIを導入する人も、現場でものを作る人も、同時に足りなくなる。テーマ1の技術論は、この制約の上に成立しています。
育成の課題として最も多いのは「指導する人材の不足」、次いで「時間の不足」でした。

能力開発や人材育成に関する問題点の内訳(製造業)

人手不足は採用の問題として語られがちです。しかし山川氏が報告したのは、採用したあとに詰まる構造でした。

山川氏「受注がたくさん来て生産が忙しいんだけれども、人を採ると現場でOJTをして教えていた。そうすると、ものを作るべきベテランの人たちがものづくりに集中できていない。そちらに時間を割いていると物が作れない。物を作ろうとすると、人を入れてもなかなか育っていかない。もうこれは経営課題だと取り組まれているところが増えてきました。」

作るか、育てるか。ベテランの時間という一つの資源を、二つの用途が奪い合っている。人を採れば解決する問題ではありません。

対応の方向は、OJTを厚くすることではありません。中身を分解し、前半の共通教育は別の場で、ノウハウは動画にして現場に入る前に習得してもらう。知識がある状態でOJTを最小限に留める——限られた指導リソースを前提にすれば必然の設計です。

定着についても約4割の企業が課題を感じているという結果が出ています。この数字に、山川氏は現場の実感から補正を入れます。

山川氏「人材の定着に課題を感じているのは4割ぐらいとありましたが、体感、相談を受けたりお困りごとで言うと、もっとあるんじゃないかなというぐらい感じています。」

打ち手も変わりつつあります。賃上げは「インフレの環境下でベース賃金が上がっていくのは、もう通常当たり前に近い」(山川氏)。その先で起きているのが個人の技能を手当や人事制度に接続する動きです。15〜20年変えてこなかった制度を見直し技能を正式に評価する取り組みが、ここ1〜2年で増えている——見える化の動機が、育成から処遇へと広がっています。

採用も定着も難しいなかで、いま現場にいるベテランの力をどう次に渡すか。最後のパネルディスカッションで、ここについて議論を行いました。

テーマ④ 技能継承は再雇用頼み。見える化はどこまで進んだか

技能伝承が「うまくいっていない」と回答した企業は約70%。対策の最多は再雇用・勤務延長でした。定年延長でしのいでいる間に、何を仕組みにできるかが問われています。デジタル技術の効果としては技能の見える化・標準化が最も実感されており、使われる技術はAIと手順書・マニュアルが中心です。技術的な手段は揃いつつあります。

技能伝承の円滑化においてデジタル技術を活用することによる効果

それでも進まない理由として河村氏が挙げたのは、別のものでした。

河村氏「よくある悩みとしては、現場の人が忙しくて教える暇がなかったり、ナレッジとして登録する時間がなかったり、そもそもインセンティブもないということが結構課題としてあります。」

時間がない、報われない。「登録してください」と依頼する設計そのものが、現場の余力を前提にしすぎているわけです。

河村氏「普段の会議の議事録やメールに、いろんな技能が散らばっていると思うので、そういったものをまとめてAIが抽出してきて、それをベースに情報が登録されていく。なるべく普段の業務を邪魔しないところでナレッジが登録されていくような仕組みをつくっていくのも大事だと考えています。」

現場に「書いてもらう」のではなく、業務のなかから「拾い上げる」。善意と余力に頼らない設計への転換です。河村氏はさらに、本質的な問題を指摘しました。

河村氏「そもそもどういう情報がナレッジなのかは本人もわかっていないケースもあるので、どういった情報が会社として必要なのかを、ちゃんと上流で定義してあげること。蓄積される情報の質も高めていく。他の人が読んだときにわからない情報だったら、あまり意味がないので、登録する段階でAIと対話的にやってもらいながら、わかりやすさを上げていく。」

登録した件数ではなく、他人が読んで再現できるかどうか。技能継承の成否を測る基準を、ここに置き直すべきだという指摘です。山川氏も現場の実情から引き取ります。手順書もマニュアルも評価基準も属人的に作られたものが多く、共通化が難しい。それが生成AIによって「作れるようになった」——ようやくその入口だといいます。

高齢化が進む現場における技能伝承の現状と対策

まとめ

パネルの最後、3名の締めのコメントは、期せずして同じ方向を向いていました。

阿部氏「AI活用を考える際には、まず人のスキルや役割を構造的に整理することが重要だと思います。どのスキルをAIで代替し、どのスキルを人が担い続けるのか。その線引きが曖昧なままでは、AI導入が目的化してしまう。スキルの棚卸しと人材戦略を描いた上で、その実現手段としてAIを位置付けるべきだと改めて感じました。」

河村氏「データ活用とかAIとかっていうと、どうしても手段として先行しがちなんですけど、あくまで課題やニーズありきです。可視化して満足となりがちなところをもう一歩踏み込んで、どんなベネフィットを得たいのかまでしっかり考えていくのが大事かなと思います。」

山川氏「フィジカルAIみたいなものが見えてきて期待感もありますが、そこに行くのに一足飛びではいけない。日本の現場にある技能、暗黙知をしっかり使える形にして、その先のデータ、AI、フィジカルAIにつなげていく。それを1社だけでやるのではなくて、産業全体でやっていけたらと感じております。」

白書2026が示す変化は大きなものです。一方で、そこに向かうため現場が越えるべきハードルは目新しくありませんでした。どのデータを何のために取るのかを定義すること。教える人の時間をつくること。暗黙知のままの技能を、他の人が読める形にすること——いずれも地道な作業です。

自社は、AIに渡せるだけの「定義されたデータ」と「言語化された技能」を、どれだけ持っているでしょうか。セミナー当日も、参加者から「いかに勇気を持って踏み出せるか」という声が寄せられました。まずはその棚卸しから始めてみてはいかがでしょうか。

執筆者

スキルマネジメントMagazine編集部

スキルマネジメントMagazineは、製造業における業務に関する基礎知識から人材育成・人材活用を促進するスキルマネジメントについて発信する専門メディアです。Skillnote が運営し、数多くの製造業における人材育成・力量管理の支援を通じて蓄積してきたノウハウをもとに発信しています。

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