3つの難所を克服!スキルマネジメントを成功に導く方法とは

スキルマネジメントを実践する際に直面する3つの難所があります。目標設定段階での社内の温度差、スキルデータ運用の仕組みづくりにおけるデータ取得や粒度調整、そして活用開始後のメリット創出と運用継続です。スキルマネジメントの効果的な運用を目指していても、これらの壁に悩まされているケースも少なくありません。本記事では、期待効果の訴求からスキルマスタデータの再設計、推進体制の構築まで、各難所の乗り越え方を段階別に詳しく解説します。
3つの難所の乗り越え方
「スキルマネジメントを実践する際のポイント(要リンク)」でも解説したようにスキルマネジメントを実践するには「1. スキルマネジメントの目標設定」「2. スキルデータ運用の仕組みづくり」「3. 人材マネジメント・現場業務におけるスキルデータの活用」の3つのポイントがあり、それぞれ乗り越えるべき難所があります。この記事では3つの難所の乗り越え方を紹介します。
第1の難所の乗り越え方
期待効果と危機感を訴求
スキルマネジメントの目標設定時に行き当たる第1の難所を乗り越えるためには、スキルマネジメントを始めることで得られるメリットと始めないことで被るデメリットの両方を伝えることが大切です。
一例として、製品の出荷量が落ち、検査工程で見つかる不良品が増えて歩留まりが悪化している工場の場合を考えてみます。この工場では人手不足がひどく、作業に慣れていない従業員が応援に駆けつけて生産ラインに入らざるを得ない状況が頻発しています。採用活動もうまくいかず、人員確保の見込みも立っていません。このままではお客様を失うリスクさえあります。
このような場合では、スキルマネジメントによって従業員を多能化するメリットを伝えます。多能化によって従業員が複数の工程に従事できるようになることで出荷量が改善するからです。繁忙期においても2つの工程の仕事ができる体制が整うため、余裕を持って生産を進められます。
一方で多能化に関わる従業員からは懸念の声が上がるかもしれません。想定されるものとしては、ライン長からの育成のために部下をラインの外に出すことで業務負荷が増加することを懸念する声や、多能化の推進を任された指導員からの通常業務に加えて育成を行う業務負荷に対するネガティブな反応などです
こうした懸念に対しては、従業員のスキル保有状況が可視化されることで業務負荷が軽減されていくことを伝えます。従業員のスキルが可視化されることで通常業務のフォローや育成が容易になります。また、応援体制の検討が効率化し、最適人材を応援人材として配置できるようになります。その結果、作業遅延やトラブルが減少します。スキルマネジメントの実践によって一時的に業務負荷は増えるものの、将来的には業務が効率化し、会社の業績にも自分の評価にも良い影響をもたらします。
第2の難所の乗り越え方
次に、スキルデータ運用の仕組みをつくる際に遭遇する第2の難所の解決策を以下の4つの観点から説明します。
- スキルの特性に基づきスキルマスタデータの再設計を行う(スキルマネジメントの推進単位は部署・事業部門共通)
- 強い推進チームを組成する(スキルマネジメントの推進単位は部署・事業部門共通)
- 部門固有スキルと全社共通スキルの棲み分け(スキルマネジメントの推進単位は事業部門あるいは全社)
- 横断的な監督組織の設立(スキルマネジメントの推進単位は事業部門あるいは全社)
(1)スキルの4つの特性を踏まえてスキルマスタデータを再設計する
(1)ではスキルが持つ「①共通性」「②網羅性」「③信頼性」「④運用性」の4つの特性を考慮してスキルマスタデータの再設計に必要なポイントを洗い出します。以下、それぞれ解説していきます(図1参照)。

再設計のポイント①:共通性
スキルの共通性が担保された状態とは、組織を横断して人材を配置・教育する際に必要となる共通スキルを定義できている状態を指します。図2では共通スキルの例を挙げています。一般的にビジネススキルや法規の理解度、教育や資格は共通化しやすいと言えます。本来は同一スキルと定義できるはずのスキルがチームや部署によって異なって定義されていないかを確認し、複数組織で通用するスキルは共通スキルとして定義します。

再設計のポイント②:網羅性
スキルの網羅性が担保された状態とは、業務に必要とされるスキルを漏れのない幅や適切な粒度で定義できている状態を指します。業務特性に応じて切り口を定め、組織内で共通認識が取れる粒度までスキルを洗い出します(図3を参照)。
スキルの洗い出し方にはさまざまな方法があります。たとえば、業務プロセスを想起して洗い出す場合には、「この作業の次にはあの作業が来る」といったように、それぞれの工程で必要なスキルが自然と割り出せます。また、A製品、B製品、C製品など、特定の製品を切り口に組立や加工、販売などの習熟度を定義する方法もあれば、アウトプットや要素技術、手法、法規といった切り口で洗い出す方法もあります。
このようにスキルの洗い出しにはさまざまな方法があります。どのように洗い出していくかは会社の個性や風土によるところが大きいと言えます。どのような方法で洗い出すにせよ、共通認識が取れる幅と粒度までスキルを洗い出していくことが重要です。

再設計のポイント③:信頼性
スキルの信頼性が担保された状態とは、スキルの個々に異なる習熟度を明確な基準で判別できている状態を指します。スキル記録データの信頼性を担保するためには、各レベルを定義する文言や習得条件の設定時に2つの工夫が必要です。
1つ目の工夫は、判断の恣意性の排除を目的として、レベル基準の文言を可能な限り詳細に記述することです。ただし、レベル基準が個別のスキルに特化されやすく、統一性が薄れ、評価の負担が増える可能性がある点には留意します。
2つ目は、あるスキルの各レベルを取得するために別のスキルの取得を条件とし、判断を厳格化させることです。たとえば、スキルAのレベル1を取得するためには、教育Bの受講と最低でもレベル1以上の(狭義の)スキルCと資格Dの取得の3つの条件を設けます。システマティックに判断するこの方法であれば信頼性は高まります。しかし、条件を設けすぎるとスキル項目が細分化されてメンテナンスしづらくなるので注意が必要です。
レベル評価の精度と評価にかかる労力はトレードオフの関係にあります。指導員や上長による評価は実施しやすいものの、判断がぶれる可能性は否定できません。ペーパーテストの場合は、テスト実施に関わる手間が発生します。精度と労力のバランスを考慮して目的に合った方法を選択します(図4を参考)。

再設計のポイント④:運用性
スキルの運用性が担保された状態とは、スキルの評価や登録にかかる工数が許容範囲内である状態を指します。
網羅性にこだわるあまり項目が増えすぎて、運用が回らなくなることがあります。②の網羅性と④の運用性はトレードオフの関係にあります。このことに配慮しながら、ここまで説明してきた4つの特性を満たしていきます。
完璧を目指さない
スキルデータを運用する仕組みをつくる際には完璧を目指さないよう注意します。完璧な状態を目指すと、途中で行き詰まり、収拾がつかなくなってしまうからです。完成度が7割程度に達したらその時点で運用検証を行います。
まずはスモールスタートを心がけ、1巡目のPDCAを回します。運用の過程で「これほど細かなスキル項目は必要なかった」「この工程のスキル分類は大雑把すぎた」などの改善点が見えてきます。見つかった改善点に対してスキルマスタデータを修正します。修正したら再度システムに実装して運用範囲を拡大します。そして課題を検知したらまたPDCAを回していきます。
このようなPDCAサイクルを必要とするスキルマスタデータは、「終わりなきβ版」のようなものです。製造業が置かれる外部環境や戦略、組織のミッションが変わり続ける限り、スキルマスタデータも継続的に改善し、進化させていく必要があります。
運用に必要な工数を見積もる
運用の前には、実際にどの程度の工数が必要になるかを見積もることが重要です。運用工数を事前に把握できていなければ、実際にスキルデータを登録する主体となる現場の管理職に業務遂行上の懸念を生んでしまいます。
下記にて従業員のスキル評価における評価者1人当たりの負荷(所要時間)を、「初期評価」と「定期評価」に分けてシミュレーションしています。ここでは、「初期評価」では全ての項目(20個)を、「定期評価」では被評価者が直近で重点的に取り組むスキル項目(3個)に絞って評価するものとします。なお、1項目当たりの記録時間は3分、1人当たりの面談時間は30分、評価者1人当たり被評価者は10人と仮定して試算したところ、次のような結果が得られました。
・初期評価 評価記録時:20項目☓3分☓10人=600分=10時間
評価面談時:30分☓10人=300分=5時間
合計 15時間
・定期評価 評価記録時:3項目☓3分☓10人=90分=1・5時間
評価面談時:30分☓10人=300分=5時間
合計 6.5時間/半期
半期に一度の「定期評価」が6.5時間で収まることをイメージできれば、運用の障壁は低くなるのではないでしょうか。このように評価にかかる工数を具体的に積もることで、「思ったより負担が少ない」「少し負荷がかかる」といった感覚がつかめます。負荷が高いと判断した場合には、スキルの項目数を削減するなどの意思決定に活用します。
(2)強い推進チームを組成する
第2の難所を乗り越えるための「強い推進チームの組成」について説明します。スキルマネジメント活動を立ち上げる際にはプロジェクトチームを組み、部署にスキルデータ運用を定着させるアプローチが効果的です。このとき、チームはオーナー、マネージャー、マスタデータ担当、運用検証担当から構成されます。それぞれの役割は以下です。
- オーナー:スキルマネジメント活動を評価し、成果創出に向けて予算の承認や各部署への協力要請を行う(概して部長以上が務める)
- マネージャー:スキルマネジメント活動の進捗や課題を取りまとめ、積極的に各担当への働きかけを行う(チームのリーダー的存在を担う)
- マスタデータ担当:現場の豊富な業務知識にも基づいてスキルマスタデータの設計やメンテナンスを行う
- 運用検証担当:スキルマスタデータの運用方法を設定・検証した上で各部署に展開する
運用を開始すると、必ず「やり方が分かりません」という声が上がるものです。その声には運用検証担当者が対応します。運用担当者が通常業務の都合上どうしても対応できない場合にはマネージャーが対応して問題解決に当たります。小規模な単位での活動であれば4~5人体制でカバーできます。各担当者はスキルマネジメント以外の業務にも並行して従事するため、業務負荷を考慮して担当者の配置を決めるようにします。
(3)部門固有スキルと全社共通スキルの棲み分け
ここまでの(1)(2)では、スキルデータ運用の仕組みをつくる際に組織の大きさに関係なく遭遇する第2の難所の乗り越え方について解説してきました。ここからは事業部門あるいは全社単位で行う場合に必要となる2つの方法を紹介します。
その1つが、「部門固有スキルと全社共通スキルの棲み分け」です。全社に共通するスキルは本社と事業部門で連携するものの、個々の事業部門内で求められるスキルは基本的には事業部門で運用します(図5)。

全社共通のスキルとしては、ヒューマンスキルやコンセプチュアルスキル、標準作業スキルなどが挙げられます。また、全社的に強化しているデジタル人材などがある場合には、こちらも事業部門と本社とが連携する必要があります。一方、事業部門共通のスキルには製品知識や法令・規制知識、要素技術スキルなどがあります。その他、工場固有のスキル、研究所でのみ必要とされるスキルなど、特定の事業拠点に紐付いたスキルについてはその事業拠点で運用します。
一方で、全社的にデジタル人材などを定義・強化する場合には、事業部門だけで考えるのではなく、本社側との連携が求められます。事業部門も本社も似たようなスキル項目を定義することで乖離が生じないように、部門固有のものと全社共通のものを棲み分けていくことが重要です。
なお、全社人材ポートフォリオを考える場合には、全社共通のスキルを中心に紐付けながら、事業部門共通のスキルもブレンドします(各事業部門で必要な人材を大枠で把握するため)。対して、ものづくり人材ポートフォリオは、事業拠点固有のスキルを多分に含んだものになると予想されます。

(4) 横断的な監督組織の設立
事業部門あるいは全社単位で行う場合に必要となる乗り越え方のもう1つが「横断的な監督組織の設立」です。事業部門内には多くの拠点があり、さまざまな部門が存立しています。その状況でマスタデータがローカル運用されてしまうと、同じ事業部門内でも本質的には同じ内容のスキル項目が別々に管理されるなどして弊害が生じます。その結果、組織横断でのデータ活用が困難になります。この課題の解決には、スキルマスタデータの改廃をコントロールし、本社側との整合性を図る横断的な監督組織を設立することが有効です。なお、監督組織の役割は各拠点からの要望を集約することにあります。
一例として、工場Aと工場B、研究所C、研究所Dの4つの拠点を対象とする監督組織を挙げて説明します。
工場Aの製造部や保全部、研究所Cの研究部や開発部からスキルマスタデータに関する要望があれば、監督組織が窓口となって要望をチェックします。要望が「このスキルを追加してほしい」というものなら、それが「本当に事業拠点に固有のものなのか」「他の工場で使っているスキルではないのか」「本社で定義しているスキルと重複する点はないのか」を確認し判断します。チェックの結果、事業拠点固有のスキルと判断できれば、事業拠点に管理を委ねます。そうでない場合は、他の事業所や本社との整合性を取ってデータガバナンスを効かせていきます。この仕組みがあれば、データ自体の統一性が失われたり、スキルマネジメントを運用しづらくなったりするリスクはなくなります。
第3の難所の乗り越え方
スキルデータ活用の段階に入ると第3の難所に遭遇します。この難所の乗り越え方は、従業員、部署長、経営者の3つの視点に分けて説明します。
どの視点においても鍵となるのは、スキルデータを組織内の共通言語とすることです。それによって、スキルデータをさまざまな業務に活用し、成果を生んでいくことが可能になります。
【従業員視点】従業員の成長を自覚させる仕掛けが効果的
従業員の視点で大切なのは、インセンティブを提示することです。金銭的なものだけではなく、従業員の成長意欲をかき立て、成長を自覚させる仕掛けであることが重要です。
通常業務に加えて、スキルデータの入力や確認、評価を行えば当然ながら負荷が増します。負担の重さを理由に作業が滞ればスキルデータの活用は進みません。そこで必要になるのが負荷に勝るインセンティブの提示です。
具体的には、スキルデータを基に上司が意図的に部下とコミュニケーションを取るような仕掛けが有効です。上司からのフィードバックは従業員の成長意欲をかき立てます。たとえば部下が新たなスキルや資格を取得したことが分かったら、努力を称えるポジティブなフィードバックを行います。スキルアップしたのに上司から何の声がけもないと張り合いがなく、やりがいも感じられません。従業員は上司に褒めてもらうためにスキルを磨くわけではないものの、努力や実績に関するフィードバックはモチベーションの維持に効果的と言えます。
【部署長視点】部署長が正しくPDCAを回せる仕掛け
部署長クラスが第3の難所を円滑に乗り越えられる仕掛けも必要不可欠です。それはPDCAをスムーズに回すための仕掛けです。
舞台は部署長が集まる組織横断の会議の場です。部署長同士が状況報告を行い、意見を交換するこの場を借りて、たとえばそれぞれの組織のスキルデータの経年変化や年代別の分布を確認してもらいます。1年後、5年後、10年後といった時間軸ごとに少なくなり危機的状況に向かいつつあるスキルや、重点的に育成すべきスキルについて議論をしていきます。
目で見て理解できる具体的なデータが揃えば、「なんとなくスキルが足りていない」という曖昧な感覚が切実な危機感に変わります。スキルデータを共通言語としてスキルに関する現状認識を共有し、効率的に議論を進めるのです。スキルの偏りや経年変化は一組織の問題にとどまらず、組織横断的な問題でもあることが理解されれば、組織間の協力を得られやすいと言えます。
また、会議の場にすでに施策を実施している組織から指導員を招き、どのような方法でスキルを育成し、スキルデータを通していかに計画を進捗させたのか、新たに認定されたスキルは何でどれぐらいの数があるのかといったリアルな話を聞くのも効果的です。
施策の実施結果を共有し、評価を行うことでPDCAはスムーズに回り出します。部署長にとっても負荷の低減につながり、部署長自身も組織的な評価も得られやすくなります。
【経営者視点】経営層の意思決定プロセスに組み込もう
第3の難所を乗り越えるためには、事業部門の経営層の意思決定をプロセスに組み込む必要があります。率直に言えば、スキルマネジメントの活動を開始しても、経営層には大きな負担は発生しません。実務的な作業に追われるのは事業拠点やそのなかの各部署だからです。
だからといって経営層がスキルマネジメントと関与しないわけではありません。むしろ深くコミットすべきです。事業を動かしていく立場にある経営層が事業目標に直結するスキルマネジメント関連の数値をインプットすれば、経営層の問題意識は高まり、意思決定が促進されます。
経営層がスキルマネジメントに深くコミットするには、経営層と直接コミュニケーションを取れる企画系部署の役割が重要です。定期的に人材ポートフォリオを経営層にインプットして計画の進捗を上に知らせていきます。会議では、計画を遂行させるために必要な人材ポートフォリオが何%充足されているのかが分かるように、スキルデータを集計した結果をダッシュボードなどで可視化することが有効です。
会議において経営層による意思決定がなされたら、重要なポジションの人材を補充するために、スキルデータ上のポジション適合率をベースにして候補者を集計し、その一覧を経営層に提示します。候補人材の一覧を確認し、候補人材に足りないスキルの育成も含めて現所属の部署長に掛け合ってもらいます。こうした候補者は部署内で優秀な人材と認められていることが多く、部署長から難色を示されることも少なくありません。組織間の調整を効率的に行い、候補人材の育成をスピーディーに進めていくには、経営層の積極的なコミットメントが大きな力となります。
ときとして経営層は「スキルマネジメントにいったいどんな意味があるのか」「自分にどんなメリットがあるのか」と考えることもあるでしょう。それは現場の細かなスキルデータに直接関与する場面が少ないからです。しかし経営層には、スキルマネジメントを実践する上で果たすべき役割が確実にあり、受ける恩恵も非常に大きいと言えます。スキルマネジメントから得られる示唆を踏まえた意思決定を働きかけましょう。













