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2024.4.23
この記事では、人的資本の情報開示ガイドラインとして近年注目されている「ISO 30414」について、その概要を取得のメリットや取得方法などとあわせて解説します。
ISOはInternational Organization for Standardization(国際標準化機構)の略称で、スイスのジュネーブに本部を置き、国際取引をスムーズに行うために国際的な規格を制定している非政府機関です。
ISO30414のほかにも日本ではISO14001(環境マネジメント)やISO9001(品質マネジメント)が有名で、海外展開している企業にとってはISOの規格を満たすことがスムーズな取引につながります。
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人的資本とは、企業において従業員を資本として捉える考え方のこと。具体的には従業員がもつ「スキル」「知識」「資格」などを資本とみなします。
企業が持続的に成長するためには、財務諸表だけでなく人材戦略も欠かせない要素です。そのため、従業員に投資して価値を最大限に見いだすことで、企業の成長戦略につなげています。
ISO30414とは、2018年12月にISO(国際標準化機構)が発表した人的資本に関する情報開示の基準を定めたガイドラインのことです。
従業員数や年代、労災件数や離職率、従業員のエンゲージメントなど11項目・58指標の具体的な数値について情報開示規格が定められています。
アメリカでは2020年8月に証券取引を監督・監視する米国証券取引委員会(SEC)が、上場企業に対して人的資本の情報開示を義務化しました。日本では義務化こそされていないものの、東京証券取引所から上場企業へ一部項目について人的資本の開示が適用されています。
ESGとは「Environment(環境)」「Social(社会)」「Governance(ガバナンス)」の頭文字です。
ESG投資は、上記3項目を重要視している投資先への投資を指し、企業の持続的な成長に欠かせない項目として注目を集めています。人的資本はESGの中の社会とガバナンスとの関連性が高く、情報開示が求められています。
インターネットの普及などから近年、企業価値の多くは無形資産となっており、財政諸表だけでは企業の価値を適切に判断できなくなりつつあります。このため投資家からは企業の無形資産に関する情報の開示要求が強まっています。
そのため、企業としては無形資産、つまり人的資本についての情報を開示し、今後どのように成長していくかを投資家に示していかなければなりません。
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日本でISO0414への関心が高まったのは、2020年9月に経済産業省が発表した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書(人材版伊藤レポート)」がきっかけです。
伊藤レポートでは、人材を人財(資本)ととらえ、人的資本の価値を高めることが企業の成長に必要であるなどの提言がなされています。
参考:経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~人材版伊藤レポート~」
現在日本では、人的資本の情報開示における法的な義務はありません。しかし、2021年に東京証券取引所がコーポレートガバナンス・コードを改訂したことで、上場企業には人的資本に関する情報開示が求められるようになりました。
ISO30414は数値化した人的資本の国際的な指標です。数値化されているため他社と比較しやすくなり、ステークホルダーに客観的かつ透明性の高い情報を開示できるようになりました。
これまでは人的資本に関する具体的な指標がありませんでした。そのため企業内においても採用や人材育成など、どの項目に力を入れればよいか判断がしにくいという状況でした。
しかし、指標が明確になり、今後は人材戦略の方向性が判断しやすくなるでしょう。持続可能な企業経営には人材戦略が欠かせません。ISO30414は持続可能な企業経営をサポートする存在になると考えられています。
ISO30414には、開示すべき人的資本の基準である11項目58指標が定められています。
なお、11領域は下記のとおりです。
1. コンプライアンスと倫理
2. コスト
3. 多様性(ダイバーシティ)
4. リーダーシップ
5. 組織文化
6. 組織の健康・安全・福祉
7. 生産性
8. 採用・配置・離職
9. スキルと能力
10. 後継者育成
11. 労働力確保
なお、この人材資本の11領域は経営×組織×人財管理と、これらを効果的に運営するための人事考課制度が重要になります。
一方、58指標はすべてを開示するのではなく、どの指標を開示すべきかを自社で判断します。大企業・中小企業ともに対外開示を推奨される指標と、大企業のみに開示が推奨される項目があるので参考にしましょう。
ここからは58指標について簡単に解説します。
①苦情の種類と件数…企業に対する苦情への対応を測る指標。
②懲戒処分の種類と件数…懲戒処分の件数やその内訳から不祥事に対する対応を測る指標。
③倫理やコンプライアンスの研修を受けた従業員の割合…倫理やコンプライアンスに関する企業の対応を測る指標。
④外部に解決をゆだねた紛争の数…内部紛争に関する企業の対応を測る指標。
⑤監査で指摘された事項の数や種類・内容…外部監査の指摘事項を企業がどのように対応したか測る指標。
①総労働力に対するコスト…企業がすべての従業員に支払った金額。労働力の価値を測る指標。
②外部労働力に対するコスト…企業が外部労働力に支払った金額。外部労働力をきちんと活用できているか測る指標。
③総給与に関する特定職の報酬割合…全給与のうち特定職の給与が占める割合。職種によって不公平な待遇がないかを示す指標。
④総雇用コスト…給与や手当、福利厚生にかかる費用など、企業が負担した金額。従業員を雇用する際にかかる費用を測る指標。
⑤1人あたりの採用コスト…従業員1人の採用にかかる費用。採用効率を測る指標。
⑥採用コスト…採用にかかるすべての費用。上記同様、採用効率を測る指標。
⑦離職にともなうコスト…離職によって発生する費用を測る指標。
①年齢…企業においてどのような年齢層がいるか測る指標。
②性別…雇用されている従業員の男女比を測る指標。
③障害…従業員のうち障害者の数を測る指標。
④その他…従業員の国籍や勤続年数など、年齢・性別・障害以外のダイバーシティを測る指標。
⑤経営陣のダイバーシティ…経営陣の年齢・性別・障害などのダイバーシティを測る指標。
①リーダーシップに対する信頼度…チームのリーダーや管理職のリーダーシップに対する従業員の評価を測る指標。
②管理職1人あたりの部下数…管理職のマネジメント効率を図る指標。
③リーダーシップ開発…リーダー育成に関する対応を測る指標。
①エンゲージメント/満足度/コミットメント…従業員の仕事に対する満足度や企業に対するエンゲージメントを測る指標。
②従業員の定着率…従業員が企業にどれだけ定着しているか測る指標。
①労災によって失われた時間…企業の労働環境を測る指標。
②労災の件数と発生数…上記同様、企業の労働環境を測る指標。
③労災による死亡者数(死亡率)…上記同様、企業の労働環境を測る指標。
④健康・安全研修の受講割合…従業員が健康や安全の知識を身に付けられているか測る指標。
①従業員1人あたりのEBIT/売上/利益…従業員1人あたりの業績で企業の生産性を測る指標。
②人的資本RoI…人的資本に対して投資額から得られたリターンの割合。投資の効率を測る指標。
①募集したポストあたりの書類選考通過者数…採用力を測る指標。
②採用した社員の質…入社前の期待度と入社後のパフォーマンスで評価。質の高い人材採用を測る指標。
③採用までの平均日数…求人開始日から求職者の応募を受入れまでの平均日数。
④重要ポストが埋まる時間…重要ポストの求人開始日から求職者の応募を受入れまでの時間。重要ポストにおける採用効率を測る指標。
⑤将来的に必要な人材の能力…人材育成の方針を測る指標。
⑥空席ポストの内部登用率…空席ポストの内部登用率を測る指標。
⑦重要ポストの内部登用率…重要ポストの内部登用率を測る指標。
⑧重要ポストの割合…企業全体における重要ポストの割合を測る指標。
⑨重要ポストの空席率…空席ポスト全体に占める重要ポストの空席率を測る指標。
⑩内部異動数…人材の流動性を測る指標。
⑪幹部候補の準備度…重要ポストの後継者がきちんと育成されているか測る指標。
⑫離職率…従業員の定着度合いを測る指標。
⑬自発的な離職率…全体における自発的な離職者の割合から、従業員の定着度合いを測る指標。
⑭痛手となる自発的離職率…企業にとって痛手となる離職率を測る指標。
⑮離職の理由…離職の理由を測る指標。
①人材開発・研修にかかる総費用…従業員にどれだけ投資しているか測る指標。
②研修への参加率…全従業員のうち研修に参加した従業員の割合から、適切に研修機会の提供をしているか測る指標。
③従業員1人あたりの研修受講時間…適切に研修機会を提供しているか測る指標。
④カテゴリー別の研修受講率…従業員が業種に応じて適切な研修を受けているか測る指標。
⑤従業員のコンピテンシーレート…従業員の高い成果につながる行動特性を測る指標。
①内部継承率…重要ポストの内部登用者の割合。企業内の人材育成を測る指標。
②後継者候補の準備率…重要ポストにおける後継者候補の割合を測る指標。
③後継者の継承準備度(即時)…即時に登用できる後継者の育成ができているか測る指標。
④後継者の継承準備度(1-3年、4-5年)…後継者の育成を計画的にできているか測る指標。
①総従業員数…企業の労働力を測る指標。
②総従業員数(フル/パートタイム)…従業員数をフルタイムとパートタイムに分けて算出し、企業の労働力を測る指標。
③フルタイム当量(FTE)…全従業員をフルタイムに換算した場合、何人分に相当するかを測る指標。
④臨時の労働力(独立事業主)…企業における臨時労働力のうち、個人事業主の数を測る指標。
⑤臨時の労働力(派遣労働者)…企業における臨時労働力のうち、派遣労働者の数を測る指標。
⑥欠勤率…病気やケガなどの突発的な欠勤があった割合を測る指標。
ドイツ銀行は、2021年3月に発表したHRレポート「Human Resources Report 2020」でISO30414を取得しています。発表されたレポートは、人員管理や人材育成などについての情報開示が全10章で構成されています。
参考:ドイツ銀行「Human Resources Report 2020」
ドイツ銀行に次いでISO30414の認証を取得した保険会社が「アリアンツ」です。
「People Fact Book」では、人的資本に関する基本的な情報が明記されており、企業内外のステークホルダーに対して適切な情報開示を行っています。
リンクアンドモチベーションは、日本・アジアで初めて、世界では5番目にISO30414を取得した企業です。2021年に「Human Capital Report 2021」を発行し、人的資本に関する情報開示を行うことで、従業員エンゲージメントの向上に努めています。
参考:リンクアンドモチベーション「Human Capital Report 2021」
豊田通商株式会社も、日本でISO30414の認証を取得した企業のひとつです。「Human Capital Report 2022」では、人財開発や健康経営といった人的資本に関する情報がまとめられています。
参考:豊田通商株式会社「Human Capital Report 2022」
ISO30414の認証を取得している企業はまだ少なく、取得に関しての情報もあまりありません。そのため、ISO30414を取得する際は、まず認証機関へ相談することが重要です。
2023年6月現在、株式会社HCプロデュースが国内唯一のISO30414認証機関となっています。
株式会社HCプロデュースは、コンサルティングや育成プログラムを通して、世界水準のリーダー育成と人的資本経営の支援を行っている企業です。
またHCプロデュースでは「ISO30414マスター講座」を行っています。ISO30414マスター講座は、自社へISO30414の導入や認証取得を考えている企業向けの講座です。ISO30414の11項目と58指標の活用方法や、人的資本のマネジメントに関する知識が身に付けられます。
参考:株式会社HCプロデュース
認証にはISO30414の11項目と58指標に沿った内部データの収集が重要となります。開示する情報を決めたら、他部署とも連携しながらデータの収集を行いましょう。その際、「現在どのデータがあるのか」「どのデータが不足しているのか」を整理したうえで、不足しているデータを収集すると良いでしょう。
また、「従業員の満足度」や「リーダーシップに対する信頼度」など、数量的に判断することが難しい指標は、必要に応じて社内アンケートを実施します。
なお、社内の人的資本情報の整理には、近年人事や労務業務の分野での活用が進んでいるHRテクノロジーが役立ちます。
人的資本のガイドラインとして近年国内外から注目されているISO30414について解説しました。企業の成長に欠かせない人的資本指標であるISO30414は、今後さらに注目が集まるものと考えられます。
しかし企業によって人的資本をめぐる状況は様々です。「どの情報を開示すべきか」「今後の人材戦略をどうしていくのか」など社内で十分に議論を重ねて、自社にふさわしい対応を行いましょう。
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