MOT(技術経営)とは?製造業におけるメリット、成功事例、導入のポイントやMOT人材について解説
企業が持続的な成長を実現するには、技術力だけでなく、それを効果的にビジネスに結びつける経営戦略も必要不可欠です。この技術と経営を結びつける手法として、MOT(技術経営)への注目がますます高まっています。
本記事では、MOT(技術経営)とは何か、製造業におけるメリット、成功事例、導入のポイントやMOT人材の育成方法について解説します。
技術革新のスピードが加速する時代に、競争優位を確立するためのMOTの重要性と、その導入について参考にしてください。
MOT(技術経営)とは
技術経営(Management of Technology)とは、会社の強みである技術を活かして、新しい商品やサービスを生み出し、会社の価値を高める経営方法です。
ただ新しい技術を開発するだけでなく、お客様が何を求めているか、会社には何ができるかを考えながら、新しい価値を作り出していきます。技術だけではなく、経営戦略や販売方法、組織の運営など、さまざまな観点を組み合わせた総合的な経営の方法と言えます。
新たな技術を産業にするまでの4つのステージ
新たな技術を産業へとつなげるプロセスは、一般的に「研究」「開発」「事業化」「産業化」の4つのステージに大別されます。
各ステージには多くの障壁と不確実性から来る独自の課題があり、成功には戦略的なアプローチと継続的な努力が必要となります。また、各ステージ間の移行をスムーズに行うためには、組織全体の連携も求められます。MOTには技術的な課題解決だけはでなく、組織的な支援体制の構築も重要な要素となります。
「魔の川」「死の谷」「ダーウィンの海」
前述の4つのステージを移行する段階の3つの大きな障壁は、通称「魔の川」「死の谷」「ダーウィンの海」と呼ばれます。
「魔の川」
研究と開発の考え方の違いからくる難しさを「魔の川」といいます。いかに優れた研究でも具体的な商品や市場を示せなければ開発には至りません。
「死の谷」
開発ステージに進んだとしても、製品として完成させ製造や販売のプロセスを確立しなければ事業化(商品化)には進めません。事業化には生産設備などの先行投資が必要なことも課題となります。
「死の谷」は、もともとアメリカでベンチャー企業への助成・補助金を出しているNIST(アメリカ標準技術局)が財務省から助成金を獲得するために作った概念です。いかに開発から事業化につなげるのが困難なのかが分かります。
「ダーウィンの海」
製品の市場投入から産業として事業を成立させる関門を「ダーウィンの海」と呼びます。市場に投入された製品が産業と呼べる段階になるには、多くのライバル企業との生き残り競争に勝つことが必要です。
これらの障壁を乗り越えるためには、技術面だけでなく、市場理解、リソース配分、組織体制、十分な資金力、経営陣の強いコミットメントなど、多角的な視点からの取り組みが必要です。
MOTとR&D、MBAとの違い
R&Dとの違い
R&D(Research and Development)は、自社の競争力を高めるために事業領域に関する研究や新技術の開発を行う活動を指します。したがってR&Dは、MOTの研究~開発までのステージに関する活動と言えます。
MBAとの違い
MBAは「経営管理修士号」や「経営学修士」と呼ばれる学位であり、主に経営全般のスキルを学ぶプログラムです。事業を効率よく確実に経営し成長させ、産業化に導く手法を指しますので、MOTにおける事業化~産業化ステージの範囲となります。
製造業でMOTが必要とされる理由
近年、技術革新やグローバル化が進み、ビジネス環境はますます複雑になっています。「市場で求められている製品を高品質かつ低価格で提供する」という従来の日本型ビジネスモデルが崩壊しつつあると言えるでしょう。
技術の急速な進歩と市場ニーズの多様化に対応するためには、MOTの視点が不可欠となっています。従来の縦割り組織や既存のビジネスモデルでは対応できない、柔軟で革新的なアプローチが求められます。
MOTのメリット
収益の拡大
企業が保有する技術を市場ニーズと結びつけ、戦略的に価値を創出することで、新たな収益源を開拓できます。従来の延長線上にない、革新的なビジネスモデルの構築が可能となり、企業収益性な飛躍的な向上が可能です。
また、技術ポートフォリオの最適化により、研究開発投資の効率性が向上し、投資対効果の最大化も図れます。
新規事業の創出
MOTの導入により、既存の事業領域にとらわれない新たな事業機会の探索が可能になります。異分野の技術融合や、潜在的な市場ニーズの発見により、これまでにない革新的な製品やサービスを生み出す土壌ができるかもしれません。
さらに、社外の技術や知見を積極的に取り入れることで、新規事業開発のスピードと成功確率を高められます。
競争力の強化
MOTの導入により、研究と開発を行う段階で投資効率をアップさせるとともに不確実性のリスクも低下できます。
また、長期的な視点から技術投資を最適化し、競合他社との差別化を図ることができ、持続的な競争優位性を確立できれば、競争力の強化にもつながります。
MOTの成功実例
海外の成功事例(GAFA)
Google、Apple、Facebook、Amazonといった「GAFA」は、MOTを見事に実践した代表的な企業です。技術と市場を結びつけ、革新的なビジネスモデルを次々と生み出しています。既存の枠組みにとらわれない柔軟な発想と、技術を活用した価値創造により、世界中の市場を席巻し、急成長を遂げました。
Googleは検索エンジン技術を広告ビジネスと結びつけ、Appleはハードウェアとソフトウェアの融合による優れたユーザー体験を提供し、Facebookはソーシャルネットワーク技術を活用した新しい広告プラットフォームを確立し、Amazonはeコマースとクラウドコンピューティングを組み合わせた革新的なビジネスモデルを構築しています。
彼らの成功の背景は、技術的優位性を市場価値に転換する優れた経営戦略にあります。
日本国内の成功事例(富士フィルム)
富士フィルムは全社テーマポートフォリオを見直すプロセスを経て、技術開発と市場開拓を進め、多くの新規事業を創出しました。
写真フィルム事業から医療、化粧品など、保有技術を活用した多角的な事業展開を実現しています。技術の可能性を徹底的に探求し、新たな市場を開拓する戦略的アプローチが成功の鍵となりました。
とくに、写真フィルムで培ったコラーゲン技術を応用し、基礎化粧品の「アスタリフト」ブランドを確立したことや、画像処理技術を医療機器分野に展開したことは、技術の転用による新規事業創出の好例です。
同社の変革は、既存技術の新たな可能性を追求し、市場ニーズに合わせて進化させる MOT の成功事例として高く評価されています。
MOT導入時の課題と解決するポイント
MOTは、アメリカでは1980年代から導入が始まりました。日本国内でも成功例はあるものの、MOT先進国からはかなりの遅れをとっていると言われています。MOTの導入にはどのような課題があるのでしょうか。
MOT人材の確保の難しさ
高度な技術的知識と経営への幅広い視野を持つ人材の確保が大きな課題となっています。このような人材は希少で、育成にも時間がかかります。企業内外での継続的な教育と計画的な人材育成が不可欠です。
MOTを根付かせるためのポイント
MOTを根付かせるためには、長期的かつ精力的なMOTのプロジェクト運営が必要です。モチベーションを維持し、失敗しても大丈夫という組織の雰囲気づくりを助けるような施策を行いましょう。
具体的には以下のような施策が有効です。
- MOTのプロジェクトに多くの権限を与える
- 経営トップへ定期的に報告する機会を作り、理解と支援をえる
- 外部の専門家に協力を依頼する
- 技術と経営の両方が分かる人材育成を継続的に行う
- 新しいことに挑戦する人を評価する人事制度を創設する
- 社外の組織と積極的に連携する機会を作る
- 部署間の垣根を越えて協力し合える体制を作る
MOT人材とは
MOTを根付かせるには、優秀なMOT人材が欠かせません。しかし、技術的な専門知識と経営的な視点をあわせ持つMOT人材は少なく、企業は独自の育成プログラムの開発や外部機関との連携をとおして、計画的な人材育成に取り組む必要があります。また、実践的な経験を積むための機会提供や、キャリアパスの整備も重要な課題となっています。
しかしながら、MOTはプロジェクト単位で行うケースが多く、1人で全ての能力を有する必要はありません。多くのMOT人材の育成が重要です。
MOT人材に求められる能力
MOT人材は技術と経営の両面に精通する必要がありますが、具体的にどのような能力が必要かご紹介します。
リーダーシップ
技術研究から開発、事業化、実用化に至るまでにはさまざまな課題が生まれます。MOT人材には、これらの課題を解決していくリーダーシップが必要です。
不確実性のなかで意思決定を行い、多様なバックグラウンドを持つメンバーをまとめていくには、チームに明確なビジョンと方向性を示すリーダーシップが求められます。
課題解決能力
技術と経営を結びつけるには、物事の本質を見抜き、課題解消に向けて筋道を立てて行動していく課題解決能力が不可欠です。複雑な経営課題に対して多角的な視点から分析し、論理的思考と創造的アプローチを両立させることが重要となります。
また、市場環境の変化や技術革新のスピードはますます加速していますので、迅速な課題把握と効果的な解決策の立案・実行が求められます。
マーケティング能力
MOTには技術的な特性を市場価値に転換するマーケティング能力も重要です。
市場ニーズの深い理解、競合分析、価値提案の明確化など、技術をビジネスに結びつける戦略的マーケティングスキルが必要とされています。
技術的な優位性を顧客にとっての価値として明確に説明し、市場での競争優位性を確立するためのマーケティング戦略の立案・実行が重要です。
事業推進力
商品やサービスを販売促進する戦略を企画・実行する能力が求められます。市場環境の分析、競合との差別化、顧客ニーズの把握など、多面的な視点から事業の成長戦略を立案し、実行する力が必要です。技術シーズを市場価値に転換し、収益モデルを構築する戦略的アプローチが求められます。
とくに、新規事業の立ち上げにおいては、技術の事業化プロセスを効果的にマネジメントし、市場での成功を実現する実行力が重要です。また、リスクマネジメントやステークホルダーとの関係構築など、事業運営に必要な総合的なマネジメント能力も求められます。
MOTを学ぶ方法
MOT人材となるためには、上記のようなMOT人材に求められる能力を身につける必要があります。日々の業務で培っていく方法や、書籍などで学ぶ方法もありますが、近年では専門のカリキュラムが組まれた教育機関やセミナーがあります。MOTについて体系的に学べる機関をご紹介します。
大学などの教育機関で学ぶ
東京工業大学 環境・社会工学院 技術経営専門職学位課程
東京工業大学では、技術経営に関する専門の学位課程があります。
技術経営に関する専門知識や、先端技術や産業セクターに対する先端的な知識の修得が可能です。先端技術等をもとに事業企画や政策立案を行う演習科目を通じて、イノベーション実現のための実践力を身に付けます。
参考:東京工業大学 環境・社会理工学院 技術経営専門職学位課程 / イノベーション科学系
北陸先端科学技術大学院(JAIST) 技術経営(MOT)プログラム
JAISTでは「技術の分かる経営者、経営の分かる技術者」の育成を図るため、技術と経営の融合を目指す専門的な教育プログラムを提供しています。理論と実践を兼ね備えた、体系的な技術経営の知識とスキルを学ぶことができます。グループワークや討論重視のインタラクティブな講義が多く、研究活動を通じた論文作成で学位取得を目指すカリキュラムが設計されています。
参考:技術経営(MOT)プログラム | 北陸先端科学技術大学院大学 東京サテライト
社会人向けセミナーで学ぶ
DaigasグループのMOTスクールで学ぶ
国内外でガス事業を展開するDaigasグループでは、技術経営スキルを養える社会人向けセミナーを行っています。
1年をとおして行われるコース、6日間の短期コース、企業ごとの集合研修の3種類を開催しています。マネジメント層から経営幹部、若手技術者までの各層に必要な幅広いカリキュラムで好評です。
MOTを行うための基礎理念や戦略から最新のトレンドや実践的なノウハウまで学べます。また、参加者同士のネットワーキングを通じて、異業種交流や情報交換の機会も提供されています。
参考:MOT(技術経営)スクールの大阪ガスビジネスクリエイト株式会社
日本MOT学会の講演などを視聴する
日本MOT学会は、MOTを研究する大学などが中心となって運営する日本国内のMOTの研究・教育の集積、高度化と日本型MOTの普及を目指した組織です。
大学教授や最先端技術を持った企業の経営者などの講演会も定期的に開催されています。実際のビジネス課題に即した事例や、企業の第一線で活躍する専門家の意見を聞ける貴重な機会が提供されています。
参考:日本MOT学会
企業と従業員を成長に導く「スキル管理」を徹底解説!
「Skillnote」でスキルベースの人材マネジメントを実現!
●スキル管理のメリット
●スキル管理がうまくいかない理由
●スキル管理を成功させる3つのポイント
よくある質問
- MOTとは何の略ですか?
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MOT(技術経営)とは、会社の強みである技術を活かして、新しい商品やサービスを生み出し、会社の価値を高める経営方法です。Management of Technologyの略語です。
- MOTとMBAの違いは何ですか?
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MBAは「経営管理修士号」や「経営学修士」と呼ばれる学位であり、主に経営全般のスキルを学ぶプログラムです。事業を効率よく確実に経営し成長させ、産業化に導く手法を指しますので、MOTにおける事業化~産業化ステージの範囲となります。
- なぜ日本企業にMOTが必要なのか?
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近年、技術革新やグローバル化が進み、ビジネス環境はますます複雑になっています。「市場で求められている製品を高品質かつ低価格で提供する」という従来の日本型ビジネスモデルが崩壊しつつあると言えるでしょう。
技術の急速な進歩と市場ニーズの多様化に対応するためには、MOTの視点が不可欠となっています。従来の縦割り組織や既存のビジネスモデルでは対応できない、柔軟で革新的なアプローチが求められます。